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金日成像に花を捧げました



お花を買わないといけないの?・・・

二日目の夜、空しい国際電話を掛けた後、大同江ホテルの部屋に戻って翌日の予定を聞いた。
明日は念願の板門店に行ける筈だ。
金さんの話はすらすらと滞りなく終わった。予定はそれでよく分かった。 だが一カ所だけ気になるところがあったので尋ねてみた。

「9時半に開城へ向けて出発だそうですが、いつも通り9時じゃないんですか?」

私のその言葉を聞いて、金さんは少し緊張した面持ちで以下のようなことを言った。
「実は、共和国を訪ねられた外国人の方は全て万寿台にある金日成主席の大きな銅像に 花を捧げていただくことになっています。 明日の朝、そちらに行くことにしましょう」

「・・・あの・・・ですね。全ての外国人というのは・・・法律で定められているんですか?」

「いえ、法では決められておりません」

「不文律のようなものと考えさせていただいてよろしいでしょうか?」

「はい、そう思っていただいて結構です」

「あの・・・ 今までに それを断られた外国人の方というのは・・・」

どなたもおられません

「わたくしが、それを お断りすることは 可能でしょうか?」

「申し訳ないですけど、ご協力お願いします。出来ないと思って下さい

「・・・・わかりました・・・お花の代金は必要なんですか?」

「はい、10ウォン(約600円)です」

「メチャメチャ高いですね」

「いえ、凄く安いですよ、二人で五ウォンずつですから」

「・・・(どこが安いねん)・・・わかりました・・・」

「それはよかったです!。先ほど花屋に予約の電話を入れておきました

「・・・ (もう予約入れとったんかい!!!)」 
少し顔がひきつったが、もう何も口を挟む余地は無かった。
出費は痛かったが「税金」だと思うことにしよう。
その晩は盗聴器探しもそこそこに眠りについた。



憧れの金日成像・・・    

1998年10月7日早朝、昨晩出なかった湯が出たので、朝からさっぱりとシャワーを浴びた。
朝飯を食う。同行の農沢君ともども、二人とも猛烈な下痢に襲われていた。
半年の旅を通しても、腹は最悪の状態だった。
ホテルで眠っていたかったが、そうも言ってられない。
原因と見られる料理も幾つかあったし、軽い毒を盛られたんではないか、と国が国だけに勘ぐってしまう。 頑張らねば。

車に乗り込んで、金日成像のある万寿台へ向かう。 この万寿台は「偉大なる主席様」が平壌市内を見渡せるようにという配慮からか、なだらかな丘陵地になっている。 ほどなく巨大な銅像が立つ小高い丘に着いた。

てっきり花を買ってから万寿台に来るものと思っていたので、少し意外に思った。
花代の10ウォン(600円)は、しぶしぶではあったが昨晩のうちに払ってある。
花束のことよりも、店を構えている花屋を見てみたいと思っていた。 何せ、店らしきものは平壌中でほとんど見たことがないのだ。

ところが銅像のすぐ側まで来ても、見渡す限り店などはなさそうだ。
その事を尋ねようとすると、
その木の後ろに花屋さんが待っています」と金さんが言った。
「まさか?」

木の後ろにまわるとどうだろう、花束を抱えた中年女性が無表情に立っていた。
彼女はロクに挨拶もせず、私に花を手渡すと どこへともなく消えていった。
それ一つとっても不思議な体験だった。


失礼なことって?・・・

「森本さん、首に巻いたタオルは外しましょうね。それにほら、上着の前もきちんと閉めましょうね」

金日成主席の前というので、ワザとだらしなくしていたのに、記念撮影をしている時に直されてしまった。

そう言えば前回書きそびれてしまったが、前日 例の国際親善展覧館に入る前
「森本さん、ズボンをもう一本お持ちですか?」と尋ねられた。

「きっと物がない国だから、余分な物があったら欲しいんだろうな。
今穿いているGパンの他にジャージを持っているから、お世話になったお礼に一本くらいあげても良いな・・・」
などと思っていると、

「その穴の開いたズボンでは主席さまに失礼ですからね」 と言われた。

主席様よりむしろ私に失礼なことをおっしゃる

確かに私のGパンは両膝が大きく破れており、一方のジャージは尻が大きく擦り切れていて、履くとパンツが丸見えになった。
その朝 迷った末、Gパンを選んだのである・・・そんなことを思い出した。



専属のナレーターまでいた

将軍様にお花をあげましょう (*右の写真 万寿台にある金日成像、花束は柄の部分までお花でいっぱい)

元に戻そう、それにしてもこの銅像はデカい。
1972年(チュチェ60年=金日成60歳)に完成したこの銅像は、奈良の大仏よりも大きい22.8メートルの高さがある。
その左右には、これまた立派な合計228体の革命軍の像がある。感心していると、金さんに 急いで下さいと急かされた。
何やら像の正面に北朝鮮人民の一団が整列している。
そして何故かその列の中に並ばされた。

すると、どこからともなく厳かな音楽が流れてきた。
今まで気付かなかったが、向かって正面にチマ・チョゴリを着たお姉さんが、
悲壮な顔をしてマイクの前に立っているのが見えた。
専属のナレーターのようだ。

「ウリナラ、なんたらかんたらーーー  キムイルソン、 なんたらかんたらーーー」

私まで哀切になる雰囲気である。
突然、なんの前触れもなく一団が像に歩み寄り、台座に花を捧げた。
そして無言のまま列に戻り一斉に深々と頭を下げた。

呆気にとられかけたが、そうもしていられない。早足で台座に近づき花束を置いた。
列に戻り、”取り残されるまい”と必死で私も頭を下げたが、その時間の長いこと長いこと。
頭を下げつつ横目でチラチラ周囲を伺うが、なかなか戻る気配がない。

漸く頭を上げたとき、ガイドがゆっくりとした口調で「では、まいりましょうか」と言った。

次の目的地はいよいよ板門店のある開城(ケソン)の町だ。高鳴る胸を抑えながら一行は車に乗り込んだ。


〜北朝鮮旅日記(続々編)〜




 







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初版:2001年11月31日、