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この写真はあくまでイメージです

人民兵の旅日記
〜ちょっとええ話〜
アジアで綺麗な人と出会ってきたというイメージです



どうも、人民兵です。
旅をしているうちに、男にとって宗教と女性とは似たような存在ではないかと考えるようになりました。
理由を聞かれると答えに詰まってしまうんですけどね(笑)



宗教と女性についてあれこれ

1998年12月25日、タイのとある町でPETCHという24歳の女の子と出会った。 英語を完璧に話す彼女は貿易関係のビジネスをしており、 かなりというかメチャメチャ美人でよく笑う明るい女の子だった。

おんぼろバスの中で出会った彼女は、その3時間後に人民兵を彼女の実家に招待し、手料理をご馳走してくれた。
そしてしばらく会話を楽しんだ後、これからどこに行こうか迷っていた私に、 近くの島に住んでいる彼女の祖父母の家に行くよう勧めてくれた。

「とてもいいところよ」
と言いながら、彼女はその場で人民兵の手帳に地図と「私の”友人”をよろしく」という手紙を書いてくれた。
そして4日後に別の町で再会する約束をしてから、港までのバス停にバイクで送ってくれた。

クリスマスの日に出会った彼女は、別居中の旦那がいることと子供が二人いること、
さらに強いて言えば離婚歴があることを除けばパーフェクトな女性だった。
そこで私は
「これは今日まで真面目に生きてきた人民兵に対する神からのご褒美だ」
と思うことにした。
波一つない穏やかな海を快調に飛ばしていく船のうえで、
「別居中の旦那がなんだ。子供ふたりがなんだ。離婚暦がなんだ。そんなもの関係ないじゃないか」
と人民兵は呟き続けていた。

あまり観光地化されていない島でのんぴりと過ごして四日後、私は大きな期待を抱いて港に戻ってきた。

彼女との馴れ初めは、そんな感じで始まった。



尊いってなんだろう?

彼女はとてもおしゃれな人で、初めて会ったバスの中でサングラスをかけて座っていた。
出会ってすぐ、会話中に「EXCUSE ME」と話を遮って、
サングラスを外した後、窓の外に向かって軽く手を合わせた。
何事もなかったように話を再開した彼女の背中越しに小さな寺院が見えた。
些細な行動だが、彼女の美しさと相まって、私にはそれがとても魅力的に感じられた。

ある時、彼女と一緒に公園に行った。
30メートル四方くらいの大きさの池があり、その前に背の低い男が無愛想に立っていた。
男は日本で言う金魚袋のような物に、さほど美しくもない黒っぽい小さな魚を数匹入れて売っていた。

「あれはペットなの? 食料なの?」
隣にいた彼女に尋ねると
「いいえ、あれは放すのよ(set them free)」
と笑いながら答えてくれた。

確かに、”徳”を積むことを絶対とする上座布仏教(小乗仏教)では、こういったことが往々にしてあるようだ。 幾ばくかの金を払い、囚われの身となった魚を自由にしてあげることで「徳」を積み「カルマ」を減らすわけだ。
そういえば一昨日の夕方、川のほとりで夕涼みをしていると、どこかのレストランのコックが、 仕入れてきた蟹を生きたまま川に投げ込んでいたのを思い出した。

初めて見た光景に感心しながらも、少し気になることを彼女に聞いた
「でも、僕が小魚を買って逃がしてあげたところで、彼はまたすぐに捕まえてしまうんじゃないの?」 
彼女は微笑んで「イエス」と答えた。
「ふーん、じゃあ魚を苦しめている彼は悪い人なんだね」と納得すると
「いいえ、彼はとても徳の高いいい人よ、人に良いことをさせてあげてるんですもの」
と言って彼女はまた笑った。

その後も人民兵は毎日彼女と遊んでいた。 しかし、そんな幸せが長く続く筈もなく、ある日別居中の旦那から急に彼女に電話があり、 私の目の前から彼女を車で連れ去ってしまった。それはあまりに突然すぎて、彼女とアドレスを交換することすら出来なかった。 家族の誰かに入れ知恵されたのかもしれない。 逃がした魚は大きいと言うが、その晩悔しくてなかなか眠れなかった。 もし、今一度会えるなら、彼女の親切が普通のことだったのか、 私に対する好意だったのかだけは聴いてみたい。

そんな彼女に 今でも充分に、会いたい。


モンゴル仏教徒になった

旅に出るまでは、日本で宗教を見るにつけ、いつも胡散臭く思っていた。
そうでなくとも、何か拠り所を見つけて生きるのは楽をしているようで嫌だった。
私はずっと無宗教、強いて言えばアミニズム信仰かチュチェ思想くらいしか持っていなかった。
ところが、アジアをまわっているうちに現在進行形で生活に根付いている生きた信仰を目の当たりにした。 不思議に嫌みがなく すっととけ込めてしまう。信仰が尊いものだと初めて知った。
○田○作先生にも今度教えてあげよう。

そして、私はモンゴルで仏教徒になった。
カラコルムで出会ったアマロウという二四歳の女の子と”恋愛のようなもの”を楽しんでいたときのこと、 彼女たち三姉妹に連れだってとある寺院に出掛けた。

父親が有名なラマ(僧侶)だという彼女たちが、熱心に仏像に頭を下げているのを見て、
私は仏教徒になることを決めた。

頭が良くて、優しくて、わがままで、美人で、
モンゴル有数の大金持ちの彼女の家に、当時私はヒモのように転がり込んでいた。
私は、「こんな素敵な女性の信じる仏陀が俺を見捨てるわけがない」という理由だけで仏教徒になった。
それ以来、私はどこでも「I am a buddhist」と胸を張って答えてきた。 モンゴルで彼女と過ごした一週間はまさに「セックスのない新婚」といったもので、 甘くて辛くてとても楽しかった。

そんな彼女に 今でも充分に 会いたい。

ここで人民兵が何を言いたいかというと・・・

旅先で人を好きになってもあんまり上手くいかないということだ。
世界中の港に女がいたという昔の船乗りが羨ましくて仕方がない。
 









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初版:2001年11月31日、