トップ > イギリス・アイルランド > 人民兵のロンドン

憲政の父

人民兵のロンドン
憲政の母
     


ロンドンに着いた


ウェストミンスターですけど、なにか?
(写真: West Minster Abbey)
2005年 4月 17日

ユナイテッド航空で人民兵の住むシアトルを早朝7時に出立、ワシントンDCで乗り継ぎを行いロンドンにはイギリス時間、 いや世界標準時で出発した時刻と全く同じ時刻に着いた。時差8時間だから実質16時間かかったことになる。

「そもそもヨーロッパなどというものは爺になって首からカメラぶら下げて行けばいいわけで、若いうちは発展途上国で毎日戦いながら旅をするべきだ」

長い間思ってきたが、実際に行くとなると、やれグリニッジ天文台だのビッグベンだの ガイドブックでしっかりと下調べしてきた。このあたり人民兵も一介の旅行者にすぎない。

ヒースロー空港には朝の7時着だというのに、旧い友人である大見謝若菜嬢(仮名:以後O嬢) が出迎えてくれた。彼女と会うのは実に9年ぶりなので、顔を識別できるか自信はなかったが、 少し太ったこと以外は昔の面影そのままですぐに分かった。

彼女とは、人民兵が沖縄でとある中華料理屋の店長をしていた時分に出会った。 O嬢は3日間ほどウェイトレスをしてその後すぐに店を辞めて去っていったという、思い返せば非常に薄い人間関係。 中国語で美味しいという意味のこの“好吃”(ハオチイ)という当時沖縄一の高級中華料理店には、 冗談抜きで包丁を握ったことのない料理長と、短パン・ビーチサンダルでホールをうろつくキッチン・ヘルパー、 水商売上がりの店長(人民兵)、佐川急便事件で財界を追われたオーナー、 絶対に笑顔を見せないウェイトレスなどが在籍しており、 客は来ないがものすごくポテンシャルの高い店だった。

若くて可愛かった彼女はその店で「掃き溜めに鶴」のような状態だったが、 その話はまた別の機会に書きたいと思う。

『じゃあ人民兵さん、行きましょう』ひとしきり挨拶を終えてから彼女は私を車まで案内し、 ロンドン市内を走ってくれた。、イギリスの大学で美術の修士をとった彼女は、 現在就職活動中で時間があるらしい。あまりのサービスの良さに恐れおののいた人民兵は (なるほど、旅と旅行の最大の違いは友達が空港までマイカーで迎えに来てくれるかどうかやな) と心の中で呟いた。

ロンドンの街中には彼女自身あまり来ないのだそうで、道中ナビをしてくださいと頼まれ、 助手席で地図と標識をにらめっこする。それにしても 分かりにくいことこの上ない。XXストリートと書いてあるところが、 一つ通りを過ぎれば名前が変わる。 道の名前にしてもアメリカのように全ての交差点に素敵な標識が立っているわけではなく、 古びた小さなプレートが建物と一体化しているため(この辺りに歴史を感じる)、自分がどこにいるのか一見して分からない。 道は垂直に交差しておらず、右に左にどんどん折れ曲がり、三叉路四差路五差路は当たり前。 まっすぐ行きたいのにいつの間にか一方通行で曲がらなければならなくなることがやたら多い。 掃いて捨てるほどいる通行人は命知らずにも車の数センチ前を横切ってゆく。

ロンドンのタクシードライバーになるのが世界で一番難しいと言われてるのはこういうことか。


『ぬるいビール』を飲みにいく


O嬢と再会する前に唯一決めてあったのが、 『9年ぶりに会う赤の他人が、 お互いを何も知らないのに、ああだこうだ計画しても無意味、 ぬるいビールでも飲みながら旅の計画をしよう』 というものだった。

(写真左下:力ずくでビールを絞り出すところに好感がもてる)
力が正義ではない、正義が力だ ぬるいビールというものがどんなものか想像がつかなかったので非常に楽しみにしていた。 どれだけ違和感のある飲み物かと思いきや、意外と炭酸が薄いだけで普通にすんなり飲めてしまった。 ただ、炭酸がないためか、Kegから押し出すときに本当に絞る感じでレバーを引かないといけない。 「あれはけっこう体力いるんですよね」とウェイトレス経験者のO嬢が教えてくれた。

イギリスに来たからには是非にと言われ、ヨークシャープディングなるものを食べた。
味は・・・よく言われるようにシュークリームの皮を分厚くした感じ。
美味しさで言えばサッポロ一番味噌ラーメンに軍配が上がると思う。

宿はXXユースホステル。一泊12ポンド(約2400円)。

ちなみにこの先、10日間の宿泊は大部分がユースホステルと名前だったが、 いずれも独立系とされる場所なのか、ユースホステル会員証は全く必要なかった。 イギリス・アイルランドに行く分にはほとんど必要ないと言い切れる。参考までに。

ここから先は時系列で書いてもあまり面白くないので、幾つかきになったことを書いていこうと思う。


パスポートを無くして良かったこと(Savile Row との遭遇)


セビール!!
どのタイミングかは覚えていないが、どうやら到着後のロンドン・ヒースロー空港で パスポートを紛失してしまっていたらしい。市内まで来て気づいた時は後の祭り、 O嬢が気を遣ってあちこち電話してくれたが結局見つからず、初日から暗い気持ちになる。 旅は2週間あるとはいえ、イングランドだけでなく、 国境を越えてアイルランドに渡る予定をしていたのでその日は何をしていても気が気ではなかった。

翌日朝起きて、地図を頼りに日本大使館に行ってみた。
ちなみに私は外務省民営化論者としてならしている。 税金泥棒の無能な外務省のこと、待合札なんか取った日には何時間待たされるか分からないと思い、 そのままズカズカと中に踏み込み、窓口で直接交渉を試みた。 係りの女性は上品で綺麗な女性で、2〜3日で発行できるから落ち着いて後ろに並ぶように諭してくれた。(-_-;)

その後説明を聞き、再発行に必要だという証明写真(3.5ポンド=700円也)を地下鉄の駅で撮った。 急いで大使館に戻り、列に並びなおして写真を見せると、 今度は紛失証明を警察(つまりスコットランドヤードですな)で取るように言われた。出来れば一度に教えてほしかった。

4月と思えぬ陽気の中を、近くの警察署目指して歩く。道の右手には St. James's Park(セントジェームズ公園)があり、 遠くにバッキンガム宮殿が見える。

全ての書類を揃えさえすれば、明日にはパスポートを再発行してくれるらしい。自分の中の日本大使館の評価は急勾配で上昇していった。

なんとか警察署まで歩く。2つある窓口のうち稼動してるたった一つの前にずらりと外国人が並んでおり、 彼らは全て荷物の盗難か紛失のクレームをしているところだった。 面倒だと思いながらも、耳慣れない英語を話す警官相手に身振り手振りを交えてなんとか書類を作成してもらった。 大使館までの帰り道、暑い・しんどい・時間の無駄だと思いながら歩いていると すごく高級そうな紳士服を売っている通りに出くわした。
右にも左にもオーダー・メイドのスーツが並べられており、どの店も値段は凄まじく高い。
たかだかYシャツですら注文してから3日後の仕上がりで170ポンド(34000円)とか書いてある。 (たっけぇなー)と思いながらふと通りの名前を見ると

Savile Row

と書いてあった(上記写真参照)

サビール・ロウ

サビーロウ

セビーロウ

セビロ

背広

おお!!

図らずしも、日本語の『背広』の語源になったと言われる Savile Rowに来てしまった。

美人にも会えたし、背広の語源となった場所にもいけたし、パスポート無くしても得るものがあったという、特にオチもないお話。


  〜 ロンドン日記後編 〜 に続く


   





Copyright (C) 2001-2005 人民兵
Any Questions: webmaster@jinminhei.com
初版:2005年08月29日、