北アイルランド到着
(写真下:ベルファストのシティ・ホール 街は一見して平和に見える)
(写真二枚目:Bishop というフィッシュ&チップスの前)
2005年4月23日
北アイルランドに着いたのは夕方の4時を少しまわってからだった。
ダブリンを昼12時に出発したバス(7ユーロ:約1000円)は、黒い顔をした羊さん達を左右に見ながら、
のんびりとした田舎道をゆっくりと北上していった。
予定より少し遅れて4時間後に北アイルランドの首都ベルファスト(Belfast)に到着。
こじんまりとしたバス・ターミナルの向こうには青空が広がり、すぐ近くに Europa Hotel が見える。
(写真右、北アイルランドで一番高級なヨーロッパホテル。十三のラブホテルみたいですな)
何のセンスも感じられない共産チックな建物のこのホテルは、クリントン元米大統領が
2度滞在したことがあると後になって知った。宿で知り合ったアメリカ人の女の子にこのことを教えると
「He might not like it」と言ってた。こんなところに泊まらないといけないというのはチョイスが無かったんだろう。
初めての街のこと、日が暮れる前にチェックインを済ませようと思い、ダブリンのバスターミナルで知り合った日本人の
若い男性旅行者を伴って宿に急いだ。
インターネットで予約した The Linen House Hostel というその宿はベルファストの北部に位置しており、
中心部に近いバスターミナルから、目抜き通りであるRoyal Avenue や街のシンボルであるシティ・ホールを見ながら歩いた。
周辺は一見して平和そうに見える。
ときおりすれ違う女子高生の制服がタイトのミニスカートだったので、どうしてもチラチラと覗いてしまう。
女子高生とタイトスカートという取り合わせが珍しかったのと、すれ違った何人かが可愛かったので、
頼んで写真を撮らせてもらおうかとさんざん悩んだが、ベルファストにいるうちならいつでも撮れるだろうと思い直して先を急ぐ。
後で考えると、この日は金曜日の夕方で、ベルファスト滞在中に再びタイトスカートに出会うことはなかった。
思い返すに残念なことである。
30分ほど歩いて宿に辿りついた。一泊6ポンド(1200円)、今回の旅行では一番安い。
宿を予約してこなかったという同行者の彼も、物価の高いイギリスでお金を節約できたと喜んでくれた。
しかしながら、せっかくイギリスを出て割安のユーロ圏(アイルランド)に来たと思ったのに、
北アイルランドでまたレートの悪いポンドに悩まされる日々が続きそうだ。
まあ、嘆いても仕方ないので、早速行動に移すことにする。
ロンドン〜アイルランド〜スコットランドと周る今回の旅で、北アイルランドの首都:ベルファストがハイライトだ。
一見して穏やかなこの街でも、イギリスからの独立派(北アイルランド独立機構=IRA:カトリック)とプロテスタントが
つい最近まで市街地でドンパチやっていたのは記憶に新しい。
人がいては足手まといになるので、彼と荷物を置いてさっさと行動を開始することにした。
聞き込み開始
大通りを裏に入った細い路地に怪しい古本屋があったので入ってみた。
埃くさく狭い通路に古本が天井まで積まれてあり、
中にはどうやら北アイルランド独立に関する記述書のようなものもチラホラ見える。
雰囲気としては京都周辺に点在する古本屋とそっくりである。
どうやら「その系統」の店らしい。
独立運動で散った一人の若者 Kevin Barry の伝記を一冊買い求め(3ポンド:600円)、支払いを済ませた私は、
胸のポケットにしまった地図をそそくさと出して「いちばん安全なのはどこだ」と店の親父に尋ねた。
人のよさそうな親父はその言葉を額面どおり受け取ってくれたようで
「旅行者さん、この辺ならどこ歩いても安全だよ。ただ、この通りから東の部落と、この橋を越えて西側、
あとここら一帯は中国人がいて危険だから近づいちゃいかんよ」
と丁寧に教えてくれた。 「そんなに危ないの?」と尋ねると、
昼間はともかく日が暮れてからは絶対に近づかないようにと念を押された。
なるほどそこに行けばいいのか・・・
危ないとされる街を歩く
「中国人がいるから治安が悪い」と教えられた地域をのぞいて、
危ないとされる地域を3時間ほどかけて歩いた。
途中ベルファスト警察の前を通ると金網と鉄条網で厳重に護られているのが目についた。
『大阪市西成警察署みたいや』
(写真上:必要以上に大きいですが、ベルファスト警察の入り口です。飛び出した見張り所のような造りが怖い)
日暮れも近づいており、周囲には誰も歩いていない。時折対向車が走ってくると心なしか身構えてしまう。
とある居住地では家々から黄色と白で彩られた国旗のようなものが掲げられおり、
見慣れぬ人民兵のことを住人がにらんでいるのが遠目からもひしひし感じられた。
目があってしまっては引き返すわけにもいかないので、
ポケットのナイフ(思い起こせば北朝鮮で夜の散歩をしたときに握ってたのと同じやつだ)
を確認しながらできるだけ落ち着いたそぶりを装った。
(写真右、帰国してから調べたところバチカンの国旗だということが分かった。
つまりその周辺の住民はカソリック=親IRA派の居住区だったわけだ)
幾人かの住人の前を背中に視線を感じながら通り過ぎる。
右側に続く狭い路地が行き止まりでないことを願った。通り過ぎるのは大丈夫でも、同じ人間の前を引き返すのは勇気がいる。
そんな感じで約3時間ほど歩いたが、ゴミと落書きが多いことと、
不思議な旗を見たこと(写真参照)、治安が少々悪そうだったことを除いて特筆すべきことはなかった。
結局、ベルファストの街を夕方から夜半過ぎまで数時間うろついたが大したことは起こらず、
何枚かの風景をカメラに収めたことと住民からの冷たい視線を浴びただけに終わった。
途中、北アイルランドのフィッシュ&チップス・オブ・ザ・イヤーに輝いたという Bishops という
店に立ち寄って、そのフィッシュ&チップスを食べる。
衣がふんわりサクサクしており、油もいいものを使っているのか胃にもたれない。
フィッシュ&チップスとしてはとても美味しいが、普通の料理として食べたら普通だなぁ・・・という感じ。
いったん宿に戻り、そこで知り合ったジャパニーズ・アメリカンの女の子と途中拾った日本人と3人で
クラウン・リカー・サルーンという有名なパブでビールを飲んだ。
北アイルランド唯一のコンビニがあって、少し買い物をしたら銃を持ったガードマンが入り口で構えていた。
それ以外はいたって普通の街に思えた。
装甲車が街を巡回し、ガスマスクを装備した重兵士が周囲の迷惑顧ずに
闊歩しているさまを想像していた私には、「平和」という現実が物足りなかった。
3日間の滞在予定の丸一日を後述の奇景「ジャイアンツ・コーズウェイ」見学に充てたのは
半分失望から来たものだった。その街自体に興味があれば、限られた時間を使って誰がわざわざ奇景なんか見に行くものか。
〜 たまには・・・北アイルランド観光 〜 に続く
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