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Lest We Forget 忘れないために・・・

ベルファストの夜
Lest We Forget 忘れないために・・・
     


ベルファストの夜

なんとなく宿に戻り、なんとなく買ってきたスパゲティを茹で、 なんとなく冷蔵庫にしまってあった塩とパスタソースを盗んで食べていると、 同室の若い男二人が話しかけてきた。

一人はチェコのプラハからアイルランドのダブリンに来ている技術者で、 もう片方もスペインのマドリッドからダブリンまで出稼ぎに来ていると言った。 仕事の内容を聞けば「XBox のテスト」だと教えてくれた。 休日を利用し、2泊の予定で北アイルランドに遊びに来たらしい。

職種は違うが、似たようなことをしている彼等に親近感を覚えた。 話が弾み、アイリッシュ・パブに飲みにいくことにする。 ビールは当然のようにギネスで、生ぬるいロンドンのビールと違ってきりりと冷えていた。 女の子の話やサッカーの話(スペイン人はヤナギサワの名前まで知っていた・・・)で盛り上がり、 明日にはスコットランドに渡るという私に、彼等はベルファストの印象を尋ねてきた。

「思ったより平和で拍子抜けした」と正直に答えると、

「確かに、あの壁画(Wall Paint)の場所以外は安全だった」 という返事が帰ってきた。


壁画ってなんやねん


ん??? 壁画??? なんのこっちゃそりゃ???

地球の歩き方には載ってませんぞ???

意外に盛り上がっているベルファストのクラブ・シーンを横目に、 チェコ人、スペイン人、日本人のトリオで話に花が咲いた。 彼等の話はなかなか面白く、ダブリンでの生活や、趣味の話、仕事の話なども興味深かった。 中でも、彼女がいないという二人が「ダブリンの女の子は誰にでも簡単に股を開くので嫌いだ」という共通の見解を持っているのが笑えた。


3杯目のギネスが回りはじめ、3人ともそろそろ眠くなってきたが、人民兵の頭から『壁画』のことが離れない。 頃合を見計らってその話に戻す。『Wall Paintってなんのことだ?

壁画の意味が分からない人民兵に、スペイン人が丁寧に説明してくれた。 ベルファストの町の北西にカトリック系住民の居住地とプロテスタント系住民の居住地が向かい合っており、 それぞれの居住地に様々なメッセージが描かれた『壁画』があるのだと。 しかもそれは我々の泊まっている安宿から歩いてほんの20分くらいの場所にあるらしい。 どんなものなのだとしつこく尋ねる人民兵に、チェコ人が「写真を撮ってあるから見せてあげる」 と事もなげに言った。 彼の趣味は写真だそうで、懐に最近買ったというCanonの一眼レフタイプのデジカメを忍ばせて嬉しそうにしていた。 なんでも、ベルファストで過ごした半日で100枚ほどのシャッターを切ったらしい。 魚の形をしたオブジェの上でおどける二人、街の雑踏、古い教会の写真などをとばして先を急がせる。


急遽、マシンガンを手にした黒覆面の男が墓場で戦死者を悼む図が目に飛び込んできた 「おお!!」と思わず声をあげる。想像していたよりもずっと素晴らしい。 公民館のような場所の壁一面に大きく描かれたその絵の佇まい、タッチからプロパガンダが染み出しているのが分かる。 いい意味で、心が豊かであればこういった絵は描けない

それはソ連のもの、中国のもの、キューバのもの、そして北朝鮮のものと何かが酷似していた。

「これや、これを見るために何千マイルも飛んできたんや」

壁画の写真は何十枚と続き、プロテスタント側(イギリス)とカトリック側(IRA)で画風の差がほとんど感じられないのは興味深かった。 今からそこに行こう、案内してくれと頼む人民兵に 『宿から歩いて20分ほどだけど、昼間でも危ない場所だから夜は近寄れない。 それに全部見ようとしたら2時間はかかるぞ』 とつれない返事。 人民兵は、翌日の朝11時のフェリーでスコットランドのStranrerという田舎町に行くことが決まっていた。 港ではO嬢がレンタカーで迎えにきてくれるはず、彼女が“気を利かせて”とってくれた エジンバラ近郊の古城ホテルに泊まるのも明日だ。いまさら予定の変更はできない。 「ダッム・フライ」 こんなことならジャイアンツ・コーズウェイなんか行くんじゃなかった・・・ 「あほ! 地球の歩き方のあほ! これが見たかったのに、これを見にきたのに・・・」

〜 IRAの壁画の前で 〜 に続く
*注) 次ページは画像を大量に入れてますのでかなり重いです


   





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初版:2005年08月29日、