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Lest We Forget 忘れないために・・・

IRAの壁画の前で
Lest We Forget 忘れないために・・・
     


出発の朝


これ以上足を前に向ける気がしなかった
(写真上:プロテスタント側=反IRA親英派の拠点と思われる建物。誰も居なかったがこれ以上近づける気がしなかった)


早朝に壁画を見に行こうと決意し、床に就く。興奮してなかなか眠れない。
前述したように、この日は朝11時のフェリーに乗ってスコットランドに行かなければならない。 インターネットでチケットはとってあるものの、 そもそも宿からフェリー乗り場まで何時間かかるか分からないので、 朝の”散歩”に使える時間は実質ほとんどないと思われた。 一刻も早いほうがいいだろうと思い朝の5時に着替えて外に出る用意をした。

目指すは宿の西に広がるというカソリックとプロテスタントの居住区だ。

宿を出ようとすると、なぜか早朝からコンピュータ相手に格闘している従業員に止められた。 『どこへ行くんだ』 『カソリックとプロテスタントの壁画を見に行く』 そういうと、彼はすごく困った顔で、 「今はまずい、昼になるまで待て」といった。

昨日は土曜日だからCrazyな奴らが酒を飲んで朝まで騒いでいる、から駄目なのだそうだ。

必死で止める彼の形相が怖くて、日が昇るまでもう少し待つことにした。

その間、アルジェリアから来たというそのコンピュータ音痴の従業員のために ウィルスにかかったWindows98をWindowsXPに入れ替えてあげた。BIOSの設定の仕方なども教えて あげるとえらく感謝され、(そういえば元々コンピュータのことを学び始めたのは、技術さえあれば世界中旅しながら 生きていけるんじゃないかと思ったからだっけ)などと思い出す。

宿を出て、高架道路の橋を渡って西へと歩く、 10分も行かないうちに明らかに雰囲気が変わってくるのを感じた。 道端のゴミがどんどん増え、往来の人は少なくても殺伐とした空気を感じる。



壁画


しばらくすると、公民館のような建物の壁一面に描かれた『壁画』が左右に現れた。 立ち止まってじっくり見たいがそれを許さないような雰囲気がある。 写真を撮っては逃げるように付近を歩いた。 それでもスーツを着た人がバスで出勤してる。 テロリストといっても普通の人間が覆面を被っているだけのことが多いので、何に気をつければいいのか分からない。 イギリスと生きていれば幸せが、そうでなければ破滅が来るだろうという内容の壁画から推測するに、 どうやらプロテスタント側に来てしまったようだ。

小さな雑貨屋があったので、中に入る。店内の客が明らかに不審がっているのが分かる。 客が買い物を終えるまで待って、パンとジュースをレジに持って行きながら、少しだけ聞き込みをした。
二十歳前後だろうか、姉妹だという若い二人の店番に 『ここは安全か?』と聞くと、若者が時々無茶をするけど安全だよと答えてくれた。 カトリックの居住区は北に少し離れたところにあるという。 それでは、あちら側は安全なのかと聞くと、分からないという。 歩いてほんの15分ほどしか離れていないのに、

We don’t know how they like, they don’t know how we like (私達は彼等がどんなだか知らないし、彼等は私達のことを何も知らない) という言葉が印象に残った。

店を出て再び歩き出す。 道路のゴミが一段と増え、巨大な犬のウンチがあちこちに散乱している。 「踏まないように気をつけないと」と思ったのは、足元にグニュッとした感覚を覚えてからだった。 安全なところまで歩いてから、記念に写真を撮った。ついてるのかもしれない。 ウンコのついたまま、今度はカソリック側の店に入り、パンを買う。 『ここは安全か』と聞くと、極めて安全だと答えが返ってきた。 プロテスタント側のことは全然知らないという。 知らないも何も人民兵が来た道を15分も歩けばプロテスタントの居住地だし、 そこから30分も歩けばお洒落なブランド品も並ぶベルファストの街もある。 そこに行けばカソリックもプロテスタントもないではないか。

ふと1999年にカンボジアに行った時のことを思い出した。 当時のカンボジア北部にはポルポト・タウンと呼ばれる街がまだ残っており、 そこは政府の力が及ばない完全なクメール・ルージュの自治区になっているという話だった。 カンボジア総人口の3分の1、200万人とも言われる殺戮を繰り返したポルポト政権は、崩壊した後も 北部でゲリラ的に棲息しており、その中にさえ入ってしまえば却って安全なのだと言う。 『ポルポト・タウンに行きたい』という私に、 カンボジアの友人達は顔をしかめて反対したものだった。

このIRA編には特にオチがありません。























1時間後、ベルファストの街に戻ってきた人民兵は不思議な気持ちに包まれていた。


ここで人民兵が言いたいのは、どんな危険な地域でもそこに一定のルールがあり、そのとおり生きている限りそれなりに安全に生きられるのかもしれない、ということだ




〜 旅日記北アイルランド編完 〜


 





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初版:2005年08月29日、