☆初日:市内観光〜妙香山
☆幽霊ホテル・・・
☆両替とお金のこと・・・
初日:うきうき市内観光・・・
ガイドの2人と自己紹介を終えてから、一行は市内観光に向かった。
最初に170メートルの高さを誇るチュチェ思想塔にのぼった。
細身の塔身は間近にみると非常に大きいことに気づく。
(*右の写真: 主体思想塔入り口 ネームプレートの中には日本人の名前もちらほら)
入り口に世界各国から
送られた「金日成を讃えるプレート」がたくさん並んでいる。もちろん日本語のもたくさんあった。世界中にこん
なにたくさん馬鹿な人たちがいるのかと少し嬉しくなる。この時点では恐怖よりも好奇心のほうがずっと勝っていた。
塔の中には何故かBARがあり、従業員が暇そうに立っていた。
その隣のエレベーターを登ると高さ150メートルの展望台となっている。
視界を遮るものは何もなく、眼下に広がる平壌のパノラマを楽しんだ。
大同江を挟んで向かいに人民大学習堂が見えた。その向こうに白がまぶしい40階建て位の高層アパート群が広がる。
右手に見えるのは花びらを象ったメーデースタジアム、
アントニオ猪木がリックフレアーと戦った場所 である。
遠目なので小さく見えるが収容人員15万人という大きさ。
その奥にひときわ目立つのが105階建ての柳京ホテル、三角形を3つ、
山の形に並べた奇抜なデザインがいい。
もっとも 金正日によって手がけられたが、最後の仕上げの前に資金が底をついてしまい、
未完成のまま長らく放置されているという曰く付きの建物ではある。
その他、土星の形をした科学博物館だの、
奈良の大仏が立ち上がったより大きい金日成像だの平壌は見所が満載だ。
*主体思想塔から見える平壌*
休日ではないので150メートルまで吹き上がる噴水は見られなかったが
噂に名高い平壌の名建築の数々を見ることができて満足だった。
不思議だったのは、大同江に浮かんでいた十数隻の色とりどりのボートが一箇所に集まり、
我々が展望台にいた十数分もの間全く動かなかったこと。
ガイドは「今日は祝日なので、ボート遊びをしているようですね」と言っていたがとてもそうは見えなかった。
「北朝鮮でも人々はボートで遊ぶんです」
という宣伝のためだけに浮かべられていたように思えた。
今さら真偽のほどは確かめようもないが気になることの一つである。
妙香山に向かう・・・
(写真左:平壌の車窓から・・・どんな田舎にいってもこういったものは無数にあります)
市内観光を終えた一行は、バンに乗り込み一路妙香山に向かった。
市内滞在中に数ヶ所の名所を回り、たくさんの人民とすれ違ったが誰も目を合わせようとしなかった。
試しに、移動中の車内から道行く人に手を振ったり笑いかけたりしたが、やはり結果は同じ事だった。
この国で人々と触れ合うのは思ったよりずっと難しそうだ。
平壌市内を離れると車は極端に少なくなった。
ただ、平壌市内でいたるところ目に付いたプロパガンダを大書したハングル文字の巨大な看板や金日成主席の像、
肖像画などは一向に消える気配がない。
対向車は非常に少なく、一時間走って2〜3台からせいぜい数台しかすれ違わない。
日本車、ベンツなどの車種が多く、年式の新しい車しか走っていなかった。
古い型のはどうしているのだろう。
ところどころに塚のようなものが見えた。どうやら北朝鮮のお墓のようだ。
「前にあるのが墓標で、後ろに土まんじゅうがあります」
とガイドの金さんは言った。沖縄の亀甲墓に少し似ているその墓のことより、
日本に行ったこともないのに「土まんじゅう」
という単語を知っていたガイドに感動を覚えた
「共和国では土葬が主流なんです」金さんがそう教えてくれた。
金日成主席の偉大なる功績など、「おちの無い話」を聞きながら左右の車窓に目を配る。
あとで何日眠りこけようが、この四日間だけは眠らずに全てのものを見ていたいと思っていた。
*写真上 平壌名物どこにも繋がらないインターチェンジ。写真見づらくてごめんなさい
その時ふいに立派な高速道路らしきものが目に入った。
ほう、と見ていると 「あれあれ?・・・」 高速道から下りてきたスロープが道とつながっていない。
それどころか雑草がまばらに生えているではないか。
「あれはなんですか?」と息せきこんで尋ねると
「インターチェンジじゃないですか」と金さんは「素」のまま答えた。
対向車のない広い道で、車はあっという間にその光景を置き去りにしてしまった。
どうやらあれが国際的な笑いものになっているという「どこにもつながっていない高速」だったようだ。
やはり無様で無計画なものを見られたくはなかったんだろう。金さんは心なしか不機嫌になった。
ただ、なんの役にも立たないものだと思っていたが、
帰路にその辺をさしかかったとき人々がその「インターチェンジ」に穀物と洗濯物を干していた。
「おお、あれでも何かの役には立っているんだ」。
妙高山ホテルに着いたのはとっぷりと日が暮れた後だった。
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