☆古都開城で飯床器を食べた
☆板門店にて〜日本人観光客をあちら側にみて〜
高麗時代からの古都〜開城〜
開城(ケソン)市に行く・・・
平壌から車で160キロ南下した。
この開城という街は、9世紀から14世紀にかけて約500年に渡っって栄えた初の朝鮮統一王朝「高麗」の首都だった街であり、
今でも数十万人の人口がある。
市内の幾つかの旧跡を廻ったが、私はあまり興味をそそられなかった。
それより、とある寺を見学している時、5−6歳の少女が二人こちらを 尾けて きて、
門の入り口に隠れてこちらをじっと見ていた。
とても可愛らしいのでずっと見ていたが、こちらが気付いてないものと思っているらしい。
ガイドの説明もそこそこに、ずんずん近づいていくと、必死になって逃げていった。
追うのを諦めて車の前で立ち止まり、遙か遠くの物陰から首を出している少女達に手を振ると、
ニコッと笑って手を振り返してくれた。
初めて(最初で最後だったが)人民が
能動的にこちらに働きかけてくれたので、凄く嬉しかった。
いくらこの国でも「外国人は無視しろ」という通達が出ていたわけではないと思う。
彼等はきっと、この国で見慣れぬモノと接しても、身に危険を招く以外ロクな事がない、と本能的に気付いていたのではないだろうか。
飯床器を食う・・・
飯床器(パンサンギ)という開城の有名な料理を食べます、と言われてとあるレストランに案内された。
これは、もともと宮廷料理だったか何かで、沢山の惣菜を少しづつ並べてくれるらしい。
古都開城ならではの名物料理だ。
そのレストランはケソン市の中でも目抜き通りに沿った中心部にあり、
二階建ての立派な建物だった。
丘の中腹にあるその場所が特別だというのは、
直ぐ側に金日成主席の大きな石膏像が置かれていたことからも伺えた。
その立派な外観とは裏腹に、お昼時だというのに一階の広い間口は鍵がかけられており、建物の中の電気すらついていなかった。
「ドンドンドン!! すいませーん!! ごめんくださーい!!」
という感じで、ガイドも我々も大声をだしてガラス戸を叩いてみた。
何の返事もない。明らかに営業していないようだ。
ガラス越しに見る店内は人気がなく、テーブルにうっすらと埃が積もっているのが見えた。
「おかしいですね、予約を入れてる筈なのに」とガイド。
この おかしいですね はとっくに聞き飽きている。
裏口にまわって、戸を叩いてみたがやはり人の気配もない。
「仕方がない。人が来るまで待つか、今日は昼飯抜きかな?」などと私は半ばあきらめたが、
ふと隣を見るとガイドの金さん、ミンさんがしつこく声をかけ続けていた。
店の正面にまわり、また裏口にまわり、何度も何度も戸を叩いている。
30分ほど経っただろうか、何の前触れもなく、ふいに内側から戸が開かれた。
まさか中に人がいると思っていなかったので、驚いてしばらく声も出なかった。
中には無表情なおばさんが二人いて、ガイドの金さんと二言三言声を交わした。
中にはいると、既に部屋の中に料理が並べてあった。
金色に輝くお椀(写真参照)の蓋を次々に開けてみると、中に入っていた料理は一様に冷たかった。
いつ盛られたのかも分からないその名物料理を、例によって農沢君と二人だけで食べた。
ガイドはこの時も「私たちの分は向こうに用意されてますので」と言って店の奥に消えた。
そして、私と農沢君は店の奥を覗くことは許されなかった。
*人民兵、飯床器を前にどれから食べるか迷う、の図
なにからなにまで変なこのレストランで、私はこちらと目をあわそうともしないおばさんウェイトレスを見ながら
「今日は、俺達に給仕するためだけにわざわざ来てくれてありがとう・・・」
とつぶやいた。
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