人民兵の家庭教師:恐怖の山崎君
山崎君について・・・
これは、若き日の人民兵と一人の受験生の物語である。
彼の名は山崎君14歳(仮名:1995年当時)大阪に住んでいた人民兵は、阪急電車で神戸人民大学に通学する学生だった。 生まれつきプロレタリアだった私は、学費を捻出するためにさまざまな仕事をした。
そのなかでもっとも手っ取り早かったのが、俗にいう「家庭教師」だった。
そんなある日知人を通じて山崎君のお母さんを紹介された。過ちはここから始まった。
「先生、お願いします。うちの子をどこの高校でもいいから受からせてやってください」
頭を地面に擦りつけんばかりの、このお母さんの必死さがこちらに伝わってきた。
山崎君がどんな子か知らなかったがここで断るわけにはいかない「お任せください」と胸をはった。
こんな風にして、家庭教師は始まった。
時給2500円ももらっては、彼を無事高校に入学させないわけにはいかない。
当初、人民兵はそれがとっても簡単なことだと思っていた。
そして、山崎君と初めて会ったとき、私はこのプロジェクトが成功することを確信した。
彼は野球部に所属する快活な少年だった。友達も多く、学校が大好きだという。
小中学校ともに皆勤を続けているらしい。
なにを聞いても「あい、あい」と答えてくれる素直さが良かった。
「この勝負、もらった!!」そう思った。
ところが、山崎君が全科目の教科書をまったく理解していないことを知るまでさほどの時間はかからなかった。
中学3年、2年、1年、小学6年、4年、2年、と使う参考書のレベルをどんどん下げていったが、
彼はどこから授業についていけなくなったかもわかっていなかった。 特にひどかったのが英語で、彼と一時間会話をすると人民兵は心の底から疲労を感じた。
英語の代名詞を教える・・・
以下は「代名詞」を彼に説明していたときの再現である。
「山崎君、ここに僕と君がいる。君からしたら君自身はI(アイ)やね?」
「・・・あい」
「じゃ、僕は君にとって何になるのかな?」
「あい、森本先生です」
「ちょっと違うね。僕は君にとって“あなた”になるわけだから、この場合は You(ユー)だね。」
「あい」
「じゃ、君の飼っている犬はIt(イット)になる、そうだね?」
「あい そうです」
「僕と君は“私たち”だからWe(ウィー)だね」
「あい」
「じゃ、ここにかつおくんとワカメちゃんがいたとしたら、かつおくんはHe(ヒー)で、ワカメちゃんはShe(シー)だね。わかるね?」
「あい」
「では、ここにかつおくんと中島くんと花沢さんがいたら、君にとって彼らはなんになる?」
「あい、かつお君達」
日本地図を書く・・・
地理の問題をしている時だった。
あまりにも、彼が日本地図を理解していないようだったので、私は白紙の日本地図を買ってきて彼に都道府県を書かせてみた。
すると、かれは四国のなかに大阪、愛知を含む7府県を書き込んだ。
そしてその中に香川、徳島、愛媛、高知は含まれていなかった。「こらアカン」私は心のなかで呟いた。
一時が万事この調子で、このままでは名門幼稚園を受かることすら難しいと思われた。
私は、2週間の猶予を切って、彼に日本地図をフリーハンドで書けるようになれと宿題を出した。
この時点で高校受験なんか私の頭から忘れ去られていた。
「高校に行けなかろうが、日本地図を知っていたほうが彼の人生のためになる」という私の信念からの言葉だった。
で、2週間後彼の書いた地図が以下のものです。
「おおおおおおおおおおおおおお」
思わず声を出さずにはいられなかった。
「や、や、山崎君!! この北のほうにあるのは北海道だね?」
「あい」
「じゃ、これは?(一番大きな島を指す)」
「本州です」
「(知っとんのんかい)じゃ、これは?(その下の小さな島を指す)」
「四国です」
「これは?(その左の島を指す)」
「九州です」
「じゃ、この四国の上にあるのは?」
「あい、中国地方です」
「ちょっと待って、君はこの前のお正月に広島のおじいちゃんの家にいったよね?」
「あい」
「その時に海を渡ったかい?」
「あい、渡りました」
「それは何処でや?」
「大阪駅を出てすぐです」
私は心のなかで囁いていた
「山崎君、人はそれを 淀川 と呼ぶのですよ」
その一週間後に人民兵は山崎君の家庭教師を首になった。受験までのこり数ヶ月だった彼が、
どこかの高校に滑り込めたか否かは今となっては知る由もない。
ここで人民兵がいいたいのは
人の話をけっして安請け合いしてはいけない ということである
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