人民服を買った・・・
「森本さん、金正日総書記はですね、こうおっしゃったんです。"スーツというのは24時間働ける服装ではない。
私は人民の為に24時間働いていたいんだ。"」
女性ガイド金さんの総書記自慢が例によって始まった。時は1998年平壌、
おりしも日本上空をテポドンが通過した直後のことだ。
「はあ」
「それでですね。人民の為に長時間働けるような服をつくったんです。それが人民服なんです。森本さん、
この話を聞いてどう思われますか?」
「どうも思うかい われ!!」
などとは決していえない。なぜなら我々一行は
―― 生きて帰りたかったからだ ――
「敬愛する将軍さま」と「天然パーマのニクイやつ」 それがガイドの金さんと私の間での
金正日総書記についての決定的な認識の差だった。 その場に流れた気まずい沈黙を打ち破りたくて私はつい言ってしまった。
「総書記と同じ服を着させていただきたいので人民服を売っていただけませんか?」
嘘も方便とはよく言ったもので、咄嗟に出たその言葉を金さんはいたく喜んでくれたようだ。
「明日の朝まで待ってください」そう言ってからいろいろ問い合わせてくれたのだろう。翌日の
コースに土産物兼服屋が入っていた。
モスクワから始めた今回の旅、終始ひとりぼっちの旅だったが 北朝鮮には、モンゴルで知り合った農沢君(仮名:18才)
が同行してくれた。
昼だというのに薄暗い店内で、さっそく二人して試着をはじめた。
「農沢さん すごくよくお似合いですよ」
金さんがいった。彼女の言うとおり、とてもよく似合っている。
悔しかったけど彼は生まれつきの 労働者顔 だ。
私も彼に負けぬよう プロレタリアに生きねばならない。
当たり前だけど、生まれて初めて手にする北朝鮮人民服。鏡を見てから顔をあげると、国中どんな部屋にでも飾ってある
金親子の写真が目に入った。 心なしか、二人がこちらに微笑みかけたように感じた。
さっそく上着に袖を通してみる。モノトーンのくすんだ茶色と飾り気のないファスナーがおしゃれだ。
「これだ、これを着て旅をしよう!!」
・・・そう思った瞬間、私は無意識のうちに金正日総書記の写真に最敬礼をしていた。
「敬愛する将軍様!!」
その後、中国に戻った私は雲南を経てラオス、タイ、カンボジア、ベトナム、韓国を人民服とともに歩んでいくことになる。
燦然と輝く金日成バッジを胸に、朝鮮人民服を着た貧乏旅行者は
自らを「人民兵」と名乗り各地を席巻してゆくのであった。
「とっても丈夫なんです。どんなに頑張って破ろうとしても全然破れないんですよ」
金さんが誇らしげにいったように、
その後3ヶ月以上はき続け、何度も野宿した人民服のパンツは破れるどころか
プレスの跡すら消えることはなかった。
えー つまり・・・ 私がなにを言いたいかというと・・・人民服をなめるなよ ということだ。
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